デスヌード 小島章司『魂の贈り物』

desnudo Flamenco Live Vol.13 小島章司 魂の贈り物
6月5日(木)/東京(代々木上原ムジカーザ
【バイレ】(特別ゲスト)小島章司/佐藤浩希/矢野吉峰/末木三四郎/関翎光/松田知也【カンテ】マヌエル・デ・ラ・マレーナアギラール・デ・ヘレス【ギター】マレーナ・イーホ/斎藤誠

十字架を背負う男たち         

 男だけによる浄夜はモノトーンの幻想となり胸の奥底に留まり続ける。
歓喜の歌』の低いハミングが流れる。「すべての人々は貴方の翼のもとで兄弟となる」というベートーヴェン第九の詩のイメージが浮かぶ。男たちに囲まれ、佐藤浩希が横たわり、その上に小島章司が身体を重ねる。静謐なエクスタシーが漂う。それは継承のための神聖な儀式だった。息が詰まるような無言の緊張感。ムジカーザの張りつめた空気は、満場の観客の濃密な歓びに満ちていた。持ち望んでいた『魂の贈り物』、5年ぶりの幕開けだった。
 
 小島直伝の振付はフラメンコの重厚な伝統美を現代に伝えてくれる。5人の男性がタキシードで踊った「ファルーカ」は、誇り高いダンディズムを薫らせる。アントニオ・ガデスの禁欲的な色気が蘇る。それは渇望し続けていたフラメンコだった。無駄なものをすべて削ぎ落とした直線的で厳格な動きはあくまでもエレガントで、清冽な余韻を残す。今ではあまり踊られなくなったという「ハレオ エストレメーニョ」は懐かしさの中に粋な味わいを醸す。雄々しい力強さを持つ末木三四郎と両性具有的な繊細さを持つ松田知也が視線を絡ませながら踊るパレハの妖しい魅力に引き込まれた。矢野吉峰、関翎光、そして佐藤浩希による「ソレア」では、信念を貫こうとする彼らの闘志に圧倒される。美しい魂を求め厳しい闘いを乗り越えて来た小島章司の孤高の精神が彼らの踊りに深く宿っていた。端正なフラメンコは踊り手の個性を明確に映し出すもの。初演時と同じメンバーが5年という歳月を経て、それぞれのアルテを鮮やかに深め、そしていっそう極めようとしている姿にも、私は感動を覚えた。
 
 黒装束の小島章司が舞うトナ・イ・シギリージャは圧巻だった。小島が厳かに舞台へと向かう。その姿は、自ら十字架を背負いゴルゴダの丘を目指すキリストを彷彿とさせる。その十字架はフラメンコの神に選ばれた者に与えられた宿命であり、その歩みは苦悩の重みを感じさせながらも一歩ごとの前進に深い歓びを滲ませる。小島の研ぎ澄まされた魂はカオスを浄化していくエネルギーに溢れていた。ストイックに自らの人生をフラメンコに捧げて来た気高い心は私たちの煩悩さえも透明なものにし、見えないはずのものを見せ、聴こえないはずの声を聴かせてくれる。スレンダーな肢体はしなやかな御神木の存在感を持つ。75歳の強靭な生命力はどこまでも精神の根を張り、枝を伸ばし、フラメンコを畏れ愛する若者たちの神々しい拠り所となる。そして彼らの真摯な想いを包み込んでいく。
 
 ラストシーン。横たわった小島を5人の使徒たちが棺を担ぐように高らかにリフトする。静かなる絶頂。けれどそれは終焉ではない。小島章司のエロスとタナトスの血は次世代の男たちに受け継がれ、彼らの体内で色濃く流れていくであろう。その「贈り物」は彼ら個人のみならず、そこからさらにフラメンコの果てない海に広がり、永遠に昇華し続けていくに違いない。