『あちらにいる鬼』(井上荒野著)

『あちらにいる鬼』(井上荒野)読み終えた。静かに、大事に、読んだ。

肌に合う小説とは、目で追う言葉がまるで自分の独白のように、胸の底から吐かれている想いに捉われるものだ。

「あちらにいる鬼」は誰だったのか。男をはさんだ妻と恋人、あちらの女というのはいかにも分かりやす過ぎるだろう。読みながら次第に、憎みながら愛することをやめられない男のことかと想い、そして静謐なラストで知ってしまった。たおやかな微笑みで隠した、あんな男なんか死んでしまえばいいという行き先のない怒りとそれでも慕わしくて堪らないという想いがつのるばかりの、ままならない、自分の心だと。

 

あまりにも寄り添われ過ぎて、少し泣いた。決別しないと、とおもえた。

 

瀬戸内寂聴は、晴美さんの頃から大好きだった。小学生の頃に読んだ『大和の塔』という随筆を初めて読んだときから、通底する官能に惹き込まれていたように想う。『夏の終り』を学生時代に読んだ肌感覚は忘れられない。そして『いずこより』『かのこ繚乱』『女徳』……

『あちらにいる鬼』を書いたのは井上荒野さんだけれど、瀬戸内寂聴さんに誘われて、私はここまで来てしまったという想いに捉われている。