新宿芸術家協会公演 Vol.18 「ベートーベンを踊る」〜現代のカオス新宿より〜

新宿芸術家協会公演 Vol.18 を観て来ました。フラメンコ舞踊家小林伴子さんが笙の音色と共に踊った『月光ソナタ』が胸に刻まれています。

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新宿芸術家協会公演 Vol.18 「ベートーベンを踊る」〜現代のカオス新宿より〜
6月15日(日)/東京(新宿)四谷区民ホール

静けさの中、美しい月をひとり見上げる孤独。青白い光に狂気へといざなわれていくような怖さをふと覚える。笙とベースによる『月光ソナタ』で小林伴子さんがフラメンコを踊る。異文化の三位一体は「もののあはれ」の境地をみせてくれた。

ベースが低く囁くように、あるいは想いと連動する鼓動のように、三連のアルペジオを弾き続ける。笙が野を渡る風のように『月光ソナタ』の旋律を奏でる。笙の音色の意外な官能性に引き込まれる。艶やかな音は時おりすすり泣くように擦れ、野性的に喉を鳴らす。人の息遣いの波がリアルに吹き込まれていく。

小林伴子さんが純白のバタ・デ・コーラをまとって佇む。パリージョが渇いた音を響かせる。音の間に在る情感の気配が胸に沁みる。秘めた想いをていねいに言葉に置き換えていくような切なさが滲む。いつもの流麗なフラメンコ的連打よりも多くを物語っているように感じたのが不思議だった。

『月光ソナタ』を書いた頃、ベートーヴェンはすでに難聴の兆しを感じていた。翌年には「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いたという時期であり、その苦悩の意識は内向性を深め、常人には決して聴こえないものを聴いていたのではないだろうか。その狂おしさは月の光の妖しさとともに、ベースに笙にそして小林さんのアイレに浸透していく。スリリングな音の対話のセッションは、官能のうねりとなって昂揚していく。そして再び静けさが戻り、小林さんの白い後姿が月光に溶け込んでいく。なまめかしい幻影の余韻が残る。

雑賀淑子さんの端正な朗読とギターソロのコラボレーションからは、ベートーヴェンへの敬意が伝わって来た。佐藤雅子さんによる、第九とインド宮廷舞踊のエキゾティックなアンサンブルは、幻想の旅にいざなってくれる。小林祥子さんは自らベートーヴェンを演じ、音楽の力によって「ハイリゲンシュタットの遺書」を乗り越えた歓びを舞った。大谷けい子さんは精霊となり、声楽4重唱による『歓喜の歌』と共に命の輝きを表現した。ナルシソ・メディナ氏と渡邉美紀さんは『悲愴ソナタ』の嘆きと渇望を、力強いコンテンポラリーダンスに託した。

第1部は恒例のフレッシュコンサート。若手ダンサーたちの伸びしろに清々しい希望を抱いた。

18回目となる新宿芸術家協会公演。毎年「現代のカオス新宿より」と銘打っており、今回は舞踊家たちがそれぞれのアートを楽聖ベートーヴェンの音楽に昇華させた。真剣な遊び心に満ちた上質のパフォーマンスが生まれて来るのは豊かなカオスの懐があってこそだろう。そしてその街に誇りを持つアーティストたちの粋が歴史を重ねている。