魂の詩人ロルカとアンダルシア オペラ『アイナダマール』プレコンサート

オペラ『アイナダマール』プレコンサート
魂の詩人ロルカとアンダルシア 〜『アイナダマール(涙の泉)』への旅〜
6月28日(土)/東京(日比谷)日生劇場
【カンテ】石塚隆充【ロルカ役・朗読】伊礼彼方【ギター】智詠/ICCOU【ヴァイオリン】SAYAKA【ベース】コモブチキイチロウ【パーカッション】大儀見元【ピアノ】石塚まみ【バイレ】アントニオ・アロンソ/伊集院史朗(パルマ)/吉田久美子(パルマ)/朝日千晶/伊藤拓【オペラ】飯田みち代/清水華澄/馬原裕子/平塚洋子(ピアノ伴奏)

現代に生きるロルカ           
 
 ロルカがピアノを弾き、当時のスター、ラ・アルへンティーナが歌うスペイン民謡のCDがある。80年以上も昔の陰翳ある味わい深い響き。そこからはスペインの古い歌を採取するだけではなく自ら編曲し演奏したロルカの音楽的才能の一端が伺えるが、それ以上に彼の郷土への深い想いが感じ取れる。
 
 今回のプレコンサートは、そんなロルカの魂を鮮やかに蘇らせてみせた。エキゾチックな酒場の雰囲気の中で、石塚隆充がミュージシャンと共にヒターノの哀歓を生き生きと歌い上げる。俳優の伊礼彼方は、粋な白いスーツ姿でロルカを演じる。終始、舞台上の片隅のバーで演奏に聴き入り、ワインを飲み、思考し、そして艶やかに詩を朗読する様はまさに美しいロルカその人だった。そしてそのヒターノとロルカとの対比にふいに気付かされた。

 ヒターノの血を遠くに引きながら、グラナダの裕福なインテリ家庭に生まれ育ち、リベラルな思想を受け継いだロルカは、ヒターノたちのたくましさの中に凄絶な美学を嗅ぎ取っていた。刹那的な生き方の背後には常に死がある。その闇にロルカは惹かれたのではないか。けれどその憂いに満ちた芸術に共感しながらも、ロルカはその繊細さゆえにスノッブな距離を保ち続けるしかなかった。舞台ではそんな孤独感が浮き彫りにされていた。だからこそ安全に生きる道を選ばなかった。浮き草のように漂う魂が死を呼び込んでしまったようにも思える。無意識を支配していた死がヒターノとロルカを結び付けていた。皮肉にもそのギャップは、ロルカの凄惨な死をもって初めて埋めることが出来たのかも知れない。

 石塚の端正で伸びやかな歌声が、スペイン民謡に新たな生命を吹き込んだ。このコンサートのためにロルカの原詩に深く踏み込み、かつてロルカを歌った巨匠カマロンの偉大さと向き合いながら、いにしえの曲を譜面に起こしたという。アカデミックに声楽を学んだ石塚もフラメンコの魅力に憑りつかれ、その精神を次世代に伝えようとしている。彼もまた現代のロルカなのかも知れない。石塚がこの日のために曲をつけたという『スペイン警察隊のロマンセ』の昏い響きが胸の底になおも残る。「老いたヒターノらが逃げまどう」という詩の描く残酷な光景は、ロルカの死の翌年に起こる、ピカソが描いたゲルニカの悲劇を不吉に予感させる。詩人の繊細な直感は人間の持つ残酷な本質をあぶり出してしまうものなのか。

「アイナダマール」とはアラビア語で「涙の泉」を意味する。グラナダのオリーブ畑にあったその名を持つ泉でロルカは惨殺された。愛する故郷で彼はどんな想いで死んでいったのか。「スペインでは死によって幕が上がる」と語ったロルカの歌の世界に触れた今、心はすでに11月に初演されるオペラ『アイナダマール』に飛んでいる。