熊川哲也 Kバレエカンパニー『カルメン』

熊川哲也 Kバレエカンパニー〈15周年記念公演〉
カルメン
10月9日(木)/東京(渋谷)Bunkamuraオーチャードホール
【芸術監督・演出・振付】熊川哲也【音楽】ジョルジュ・ビゼー【舞台美術】ダニエル・オストリング【管弦楽】シアター オーケストラ トーキョー【指揮】井田勝大【バレエ】(ホセ)熊川哲也/(カルメン)白石あゆ美/他
 
 ビゼーの歌劇『カルメン』へのリスペクトから生まれたこの作品は、まさに「踊るオペラ」。鍛え抜かれたダンサーたちの身体からエモーショナルな歌声が流れて出て来るようでした。
 
 白石あゆ美が演じたのは、これまで幾多描かれてきたような妖艶なカリスマ性を持つ女ではなく、コケティッシュで小悪魔的なカルメン。すべてのことに真剣な情熱を傾けるからこそ一か所には留まっていられない、それゆえ自由奔放に映ってしまう機知に富んだ美しい蝶のような存在。そして熊川哲也はテクニックは言うに及ばず、純粋な心で素朴にカルメンを愛し抜くホセを演じ切り、そのまっすぐな熱い瞳に引き込まれました。

 ビゼーのオペラは全4幕で展開され、上演時間も3時間以上に及ぶ長大なものですが、そのストーリーと音楽を忠実に反映しながらも全2幕のグランドバレエに仕立て上げることで、『カルメン』の情熱的な世界は削ぎ落とされ凝縮されて、より濃密な愛の物語を浮かび上がらせました。第1幕では、カルメンとホセが出逢って恋に落ち、愛を確かめていく様をじっくりと描き、第2幕では、カルメンの心変わりから終幕までをアッチェルランドのテンポで一気に駆け抜けて見せる。熊川の演出は、クラシックバレエの品格を高く保ちながらもドラマティックなエンターテインメントとしても秀逸。そして人間の本質を突いた新解釈のラストシーンは胸をえぐるものでした。

 音楽の昂揚と共に高まる緊張感。一瞬のクライマックスは衝撃的。その直後に訪れる暗い静寂。それはフラメンコの呼吸そのものでした。ホセの虚ろな目はもうカルメンしか見えていない。そして息絶えたカルメンを抱き上げた彼の焦点の合っていない眼差しに、 私は恍惚が浮かんでいるのを見ました。衛兵たちが駆けつけ遠巻きに眺める。ホセの世界はすでに二人だけで満たされている究極の愛の空間のみであり、そこには人を寄せ付けない、静かに狂った歓びの結界がありました。否、狂ったと決めつけるのは部外者に過ぎず、ホセはただ渇望した場所に佇んでいたのではないか。不実、欺瞞、無関心、そんな虚しい人間関係ばかりが横行する現代、狂うまで女を愛し尽くしたホセ、殺されるほど愛し抜かれたカルメン、残酷ながらも私たちはどこかでそういった一途に貫かれる愛に憧れているのかも知れません。だからこそ、このドラマは形を変えながら永遠に語り継がれていくのでしょう。