オペラ『アイナダマール』

NISSAY OPERA 2014
オペラ『アイナダマール』(涙の泉)【日本初演
11月15日(土)/東京(日比谷)日生劇場
【作曲】オスバルド・ゴリホフ【指揮】広上淳一【演出】栗國淳【管弦楽読売日本交響楽団マルガリータ・シルグ】横山恵子【ヌリア】見角悠代【ロルカ】清水華澄【ルイス・アロンソ】石塚隆充【ギター】智詠/フェルミン・ケロル【カホン】朱雀ハルナ

 最愛の人の訃報を遠く離れた場所で聞いたとしたら、それはどれほど辛いことでしょう。そんな想いが接点となり、この深遠なオペラ『アイナダマール』の世界へと自然に入り込んでいきました。
 
 この物語は、ロルカを愛し、彼の作品において数々の主役を演じた女優マルガリータ・シルグが、ロルカとの想い出を回想する形で描かれていきます。二人が逢った最後の夏の日、マルガリータは、共にキューバへ行こうとロルカを説得しますが、ロルカはそれを受け入れることなく危険なグラナダに戻り、そこで惨殺されることになります。マルガリータ・シルグ役の横山恵子は一貫した美しい発声で、マルガリータの嗚咽を天上の歌に昇華させ、嘆きの心を歌い上げていきます。彼女の透明なソプラノとフラメンコギターとの悲哀に満ちた共鳴が胸に響きました。
 
 オペラ全篇がロルカに捧げる「レクイエム」となっていました。死者に捧げられる鎮魂歌は、後に残されて歌う者の心もまた鎮めてくれるのだということに気付かされます。ゴリホフによる音楽は激しさを内に秘めながらもそれを憂いのうねりの中に抑えつつ哀しみを凝縮させて、ひたすら死に突き進んで行く。不思議なことに、死に近づいていき不穏な闇の広がりを感じていくほどに、現在生きていることの歓びが胸の奥から立ち昇って来るのです。
 
 カンタオールの石塚隆充は、ロルカを射殺する冷酷なピカレスク、ルイス・アロンソを圧倒的な存在感で演じました。銃声が無情に響き渡りロルカが倒れる。一瞬、時が止まる。過去と現在を行き来する幻想的な情景と音楽の中で、カンテで歌われるこの場面だけはリアルな事実を残酷にさらけ出します。ロルカに死をもたらすシーンが、彼自身、終生愛したフラメンコによって歌われることは皮肉な気がしました。けれどフラメンコもまた人間の不条理な宿命の根深さから生まれて来たもの。黒光りするアルテの重みが際立っていました。指揮者広上淳一がオーケストラと創り上げる音楽には有り余る情熱を抑制した洗練があった。智詠とフェルミン・ケロルのギターと朱雀ハルナのカホンによって奏でられる昂揚感あるフラメンコは、その美しい均衡を保つクラシック音楽に風穴を開け、生き生きとした解放感を与えていました。80分間の濃密なオペラはロルカの詩そのものの世界観を持ち、その深い哀しみの陰影に没頭したのでした。