小野正嗣『九年前の祈り』

文芸春秋掲載の、小野正嗣『九年前の祈り』(芥川賞受賞作)を読む。

シングルマザーとなって、幼子と共に故郷へ帰ってきた女性の目に映るもの。
限界集落ともいえる閉鎖的な田舎町。
かつて嫌悪し、年月を経てもそのままそこに存在するものが描かれながらも、
今はその奥に在る人間の哀歓をどうしようもなく感じ取ってしまい、
切なさで胸がいっぱいになる。
飾り気のない言葉にプリミティブな祈りがある。
中途半端な教養など、おおらかで本能的な優しさの前では、
意味をなさなくなる。
離れよう離れようとすればするほど、意識させられ、
そういったものに自分は育まれて来たことを痛感せずにはいられない。

振り払ってもなお身体に染みついているものを自覚し、
愛情を以ってすべてを受け入れることが出来たとき、
初めてそれらと決別できる。
そこに真の郷愁が生まれる。
作者は、それが出来たからこそ、
優しくも哀しい眼差しで、この物語を描けたのだと思う。