バリシニコフ『PLACE』

 バリシニコフ出演のモダンバレエ『PLACE』のDVDを観た。
 マッツ・エックがミハイル・バリシニコフとアナ・ラグーナのために振り付けた作品。2009年5月にスウェーデン・ロイヤル・ドラマティック・シアターで収録されたものだ。当時61歳のバリシニコフと54歳のラグーナによって踊られている。アナ・ラグーナというダンサーは初めて知った。マッツ・エックのパートナーだという。厚みのある表現力を持つ演技派女優のような存在感で、メリル・ストリープとマリア・パヘスを重ねたような雰囲気があった。スペイン出身のダンサーだと知って腑に落ちる。
 
 演劇的、象徴的なパントマイム。マッツ・エックの特徴といえるのだろう。以前マッツ・エックがシルヴィ・ギエムに振り付けた作品を観たことがあったが、そのときはその抽象的な動きの意味するところが理解できなかった。しかしこの作品は何かを象徴しているということが感じ取れて、感情を揺さ振られる。心理的なドラマが浮き彫りにされている。
 
 埋めようのない隙間にやるせなさを感じているカップル。かつてのような熱い気持ちは持てない。それでも微笑みを交わし、冗談を言ってみる。生きてきた年月の分そういうことができる忍耐力としたたかさは持ち合わせている。よそよそしさは自覚している。それでも求めてしまうのは、深い孤独を知るがゆえに、いまそこにある温もりを失いたくはないから。
 ものわかりのいい大人なんかにはなれない。純粋に自分の想いを信じていくだけだ。そして素直になるほど、互いに生じたずれに傷ついてしまう。相手に苛立ち、期待してしまう自分に苛立つ。
 狂おしい恋は長くは続かないことくらいわかっている。でも共有した時間の記憶は無かったことにはならない。そんな虚しい余裕もある。ただそれだけが心の拠り所となっていく。
 
 バリシニコフのやんちゃ坊主のようなピュアな表情は変わらない。自ら信じるものに向かって、悩みながら進み、進みながら悩むことで、つねに新陳代謝してきたのだと思う。
 
 ユーミンこと松任谷由美さんについて「ユーミンがいつまでも変わらないでいるのは、変わり続けているからだ」というようなことを書かれているのを読んで納得したことがあったが、第一線で活躍し続ける人というのはそうやって走り続けているのだろう。
 
 人の心を動かす普遍性というものは、悩み抜いて挑戦し、その歓びと苦しみの大きな振り幅を繰り返す中でしか生まれてこないものなのだ。何の葛藤もないところには退屈な平凡しかない。

『PLACE』を観て胸をよぎることは人によって違うと思う。様々な人生を受けとめる包容力がこの作品にはある。バリシニコフの深さともいえるかも知れない。
 
 ただ鏡のように映し出された自分自身の内面を覗き込んでみるのは、面白いけれどちょぴり恥ずかしかったりする。