ポリーニとティーレマンによるブラームス「ピアノ協奏曲第1番」
スピード感のあるハイテンションなブラームスというのが第一印象で、鋼鉄のタッチを持つエミール・ギレリスの重厚な演奏を聴き慣れていた私は、このポリーニの流れるようなテンポのブラームスにあまり馴染めないでいました。
先日、NHK-BSプレミアムでこのときのライブが放送されたのですが、それを録画しておいたものをやっと観ることができました。CDと同じ演奏なのに、そのライブ映像を観ることで、この演奏に対する印象が全く変わってしまったのでした。
このとき69歳というポリーニはすっかり銀髪となっていて、顔には深いしわが刻まれている。その表情を見るなり私は泣きそうになるような感動を覚えた。ポリーニのショパンなどは以前からよく聴いていた。完璧な技巧と哲学的な解釈による冷静な演奏で、冬の星の煌めきのような知性溢れる音に聴き入ったものだ。この日のブラームスの演奏からは、その厳格なテクニックに、年月を重ねてきた深い精神の陰影がさらに加わったのが伝わってきた。その熟成した音の重みが胸に響いてきたのだった。
なんという生命力のある響き。若さとは決して年齢で計るものではなく、今生きていることの充実感が尺度になるのだと思う。この瞬間をどれだけ濃厚に生きているか、ということ。ポリーニの演奏からは、ブラームス特有の重厚な和音の一音一音がくっきりと立ち上がって聴こえてくる。そしてその隅々にまで魂が込められている。そんな深遠な響きの中にそういったことを感じたのだ。
第1楽章のクライマックスの緊張感が素晴らしかった。指揮者とソリストの精神の昂揚がひとつになって盛り上がっていく。最高潮に達して最後の音が鳴った直後、ティーレマンとポリーニが互いの顔を見合わせて溢れる気持ちを伝えあう。その静かな瞬間に心を動かされた。静寂をしばし味わった後、抑制された音で第2楽章が始まる。訥々と一歩ずつ踏みしめるよう寂しい音の連なりから、突如抑え切れない感傷が溢れ出てくる。哲学者ポリーニはこれほどまでにロマンチシズムを秘めた人だった。ブラームスの醍醐味である構築された音楽の狭間にある感情のうねりをあますところなく引き出している。そして間髪を入れずに第3楽章に突入する。意を決したように突き進む強靭な音。一瞬たりとも目が離せない緊迫感を持ったスケールの大きな演奏。巨匠ポリーニの世界観を全身全霊で支えるティーレマンの迫力にも圧倒される。重厚なカデンツァの後、煌めく波が力強く押し寄せるように最終章はクライマックスを迎える。
年齢を重ねるということは光ある希望に向かっていくことなのだ。スタンディングオベーションの中、何度もアンコールに応えるポリーニの柔らかな微笑みをみてそんなことを思いました。
ブラームス「ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15」
マウリツィオ・ポリー二(ピアノ)
クリスティアン・ティーレマン(指揮)
シュターツカペレ・ドレスデン