ビタースイート

 所用があって、何年振りかに降り立った駅。目的の場所は、目の前の商店街を抜けた先にあります。細い路地に昔ながらの暮らしに密着した店がずっと並んでいて、地域の常連さんたちで相変わらず賑わっています。それが心地よいノスタルジーを感じさせて好奇心を刺激するのか、意外と若い人たちも多かったりもします。間口は狭いけれど、奥行きがある小さなお店が連なっていて、つい覗き込んだりしながら歩くので退屈することがありません。
 この日は遊びに来たわけではないので、まっすぐ前を向き、足早に通り過ぎようとしていました。距離は短かったという記憶があったので、すぐ通り抜けられるだろうという感覚でどんどん歩く。
 ところが想像以上に遠い。けっこうな距離がありました。すぐに向こう側の大通りにつくはずなのになかなか先が見えない。道を間違えたのだろうか、何か勘違いしているのだろうか、と少し不安になったころ、ようやく大通りが見えてきたのでした。
 以前来たときは、大好きな人といっしょにここを歩いたのでした。おしゃべりして笑いながら、はにかみながら。この商店街を通り過ぎて駅に着いたら、さよならを言わなければならなかったので、もっとこの道が続いてくれたらいいのにと、そっと思いながら歩いた。けれどもあっという間に商店街の入り口についてしまうのです。寂しい気持ちを押し隠して、駅で笑顔で手を振りながら左右に別れたのでした。
 同じ街を歩いているはずなのに、あの凝縮した時間と距離の中にあった幸せは、もう記憶の中にしか存在しないことに気付き、切なさが胸に滲んでくる。
 けれど久々のビタースイートな淡い想いはそう悪くないな、とふと微笑みが浮かびます。そんなかけらが心の中にまだ残っていたということがうれしいのかも知れません。