グールドとメニューイン

グレン・グールド/バッハ全集[紙ジャケBOX完全版]

グレン・グールド/バッハ全集[紙ジャケBOX完全版]

 7月に予約して9月の終わりにやっと届いたグレン・グールドのバッハコレクションを気長に聴いている。といっても、座って耳を傾けるというのはなかなか出来ず、もっぱら家事をしながら好きな曲を聞き流すのがせいいっぱいな状況ではある。
 
 このコレクションにはDVDも数枚含まれているのだが、その中にこれはじっくり鑑賞したいと思っていた映像があった。

 グレン・グールドとユーディ・メニューインのデュオによる「バッハのヴァイオリンとハープシコードのためのソナタ No.4 ハ短調 BWV1017」
 CBC(カナダ放送協会)が作成したグールドのドキュメンタリー番組の映像。

 これをやっと先日深夜に観ることができた。
 なんという好ましい緊張感を味わえたことだろう。

 両者の奏でるバッハの旋律は、どれもが主役であると同時に脇役であり、独立した美しさを内包しつつ互いにそれを尊重しながら対等に絡み合っていき、そこからまったく別の胸が高鳴るような芳醇な世界が立ち上ってくる。

 グールドはバッハへの愛情をストレートに表現する。それは戯れのようにも映るが、すべての音の意味を理解し尽くしているゆえの奔放さなのだろう。その軽やかなピアノの音を、メニューインは意志を抑制した悠然たる音色で、懐深く受けとめていく。その誇り高い、渋みを帯びた艶やかな音色がこのアンサンブルに格調をもたらしていた。

 クラシック音楽専門誌『レコード芸術』11月号に、メニューインについて「共演者の存在が偉大であればあるほど、相方の個性を無理なく導き出し、自らも大きく振る舞うことのできる音楽家であった」と評価しているくだりがあったのだが、まさにそれを目の当たりにするような映像である。

 1966年の5月に録画されたもので、グールドはこのとき34歳、1916年生まれのメニューインは50歳ということになる。グールドの天性の閃きのような音にはいつもはっとさせられるが、その宇宙観を対等に受け止めるメニューインの人間的な器の大きさにもまた感動を覚えずにはいられない。
 
 グールドとメニューイン、彼らのまったく違った立場からのバッハへの深い共感と敬意が互いに響きあい、鮮烈な緊迫感が生まれていて、二人の奏でる音の展開にワクワクするような希望を抱きながら聴ける、そんな心地よさが続き、終楽章のコーダを迎えるのが惜しいほどだった。

 人との関わり合い方の、ひとつの理想をみる思いがした。