ケンプのピアノ

ウィルヘルム・ケンプのピアノを久方ぶりに聴いている。
中学生のころ好きだったベートーヴェンピアノソナタ
すべてケンプの演奏で聴いていた。
『熱情』ばかり聴いていたこともあった。
レコードの時代である。
この人の演奏だったからこそ
いっそうベートーヴェンが好きになったのかも知れない。
シューマンの『子供の情景』や『クライスレリアーナ』もいい。

思慮深さの奥に暖かさがあり、
「味わう」ということを知っている人生の重みを感じる音楽。
ポートレートからは厳格な人柄の雰囲気も漂うけれど、
その音色には、生きるということの深みには
ことさら強調しなくとも「色」が含まれているものだという
豊かなおおらかさがある。

若いころはこんな言葉にはできなかった。
あのころの私が、ケンプのそういう気質をその奏でる音から
聴き取れていたかどうかは分からない。
けれど、久しぶりに聴いてこんなにも心安らぐのは、
やはりどこかで感じ取っていたのだとも思う。

個人的な想いだが、古井由吉の世界はケンプの音楽と重なると感じる。