カンテの伝道師  石塚隆充『歌おう、フラメンコ』ライヴ

石塚隆充『歌おう、フラメンコ』ライヴ
3月26日(水)/東京(銀座)ギャラリー悠玄
【カンテ】石塚隆充【ギター】石井奏碧/エミリオ・マヤ

「カンテの伝道師」               
 
 ペテネーラが静かに歌い出される。マイクを通さない生の声とギターが胸に沁みてくる。石塚隆充さんの明朗ですっきりした歌声が空気を浄化していくようだ。哀しい歌のはずなのに、聴く人々に想いが共有されることで救いの光が視えて来る。伴奏は石井奏碧さんのギター一本。石塚さんの表情を一瞬たりとも見逃すまいとしている真剣な眼差しが印象に残る。そしてその音色は柔らかな受け皿となって歌声をそっと包み込んでいく。演奏は、ソレア、アレグリアスと続いていく。誠実で真っ直ぐな歌声と軽やかに空気を彩るギターが溶け合って、快く耳に響いて来る。後半のギターはエミリオ・マヤ氏に引き継がれる。グラナダ出身の名手がギターをかき鳴らした瞬間、空気が揺らめき、濃厚で甘い音色に酔わされる。シギリージャでのカンテ伴奏に続き、ソロで奏でられたのはパコ・デ・ルシアに捧げる情熱のブレリア。その追悼の想いに胸を打たれ、会場はさらに盛り上がっていく。
 
 ライヴ会場は銀座のシックな画廊の地下。オフホワイトの塗り壁と木の床で囲まれた洞窟のような濃密な空間。スツールがぎっしりと並べられた客席に40人はいただろうか。プログラムは無く、親密な距離にいる観客の表情やギタリストとの対話によってヌメロを選び、石塚さんは歌い継いでいく。濃厚なフラメンコに全身浸る中で、聴く側もライヴを創り上げている一員なのだという歓びを感じていた。
 
 そしてこの心地良い雰囲気の中、全員でカンテを歌うコーナーは最高に楽しいひと時だった。石塚さんのカンテ、エミリオ・マヤ氏のギターと共に、タンゴの一節をみんなで歌う。スペイン語のふたつの短い言葉を何度も繰り返すだけなのだが、歌うことの気持ち良さを久しぶりに味わえた。それにも増して、憧れながらも敷居が高いように感じていたカンテを自分も歌えたということが本当に嬉しい。今でもあの節を口ずさめるほどだ。初めて歌った節なのに懐かしさを覚えたのが不思議だった。あれからカンテのCDの聴き方にも変化があった。以前よりも少し身近に感じられるようになっている。そして、あの熱い雰囲気の中でまた歌ってみたいと思う。
 
 この日は「歌おう、フラメンコ」ワークショップ&ライヴの全国ツアー最終日だった。2月から14か所の地域を回って、フラメンコ初心者や一般の方たちを巻き込んで歌って来たのです、と石塚さんはリラックスした表情で語った。土地の色が感じられたことが面白かったという。地域によって、メロディに強いところとリズムに強いところがあったそうだ。そんな特色が表れるほど、参加した方たちは楽しく熱心に歌ったのだと想像した。そしてその快感を味わった人は、きっと私と同じように、また歌ってみたいと願っていることだろう。フラメンコはカンテが重要ということはもう誰もが知っている。今度はそのカンテを、日本人の誰もが気負うことなく楽しんで歌うという時代が来ていることを実感する。カンテの伝道師。石塚隆充さんのフラメンコへの熱い想いと行動力に触れ、そんな言葉がふと浮かんだ。