映画『男と女』

男と女 特別版 [DVD]

男と女 特別版 [DVD]

好きな映画のひとつ。
恋愛映画というジャンルに限るとしたら、
どこまでもシンプルで深いこの映画が一番かも知れない。
この映画は1966年に制作されている。
私が生まれるほんの少し前。
そんな古さをちっとも感じない
モノクロの手法を用いたスタイリッシュな映像、
そして何よりも、クールな佇まいの中に甘い官能の香りを秘めた
アヌーク・エーメの美しさに魅了される。

初めてこの映画の存在を知ったのは中学2年の頃。
といっても映画を観たわけではない。
ボサノバ調の有名な主題歌の方を先に知っていた。
当時そういった大人っぽいポピュラー音楽に憧れていて、
ピアノ曲集を何冊か持っていた。
その中の一冊だった映画音楽集の巻頭に
映画の解説がスチール写真と共に載っていて、
その中の一枚がアヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンの
寄り添うシーンだった。
アヌーク・エーメのすっきりと通った鼻筋と切れ長の瞳を縁取る濃い睫毛に、
知性的な大人の色気というものを感じとったのだと、
今になって振り返ってみて思う。
そのころからの憧れだった。

映画を初めて観ることが出来たのは大学生の頃。
テレビ放送だったと思う。
ちょうど同じ時期に、偶然のように『男と女Ⅱ』が封切になっていて、
こちらは映画館でひとりで観た。
短期間の単館上映で、確か渋谷パルコあたりの映画館だったと思う。

映画は観る時期によって観方が変わるものですが、もちろんこの『男と女』もそう。
初めて観た時から映像の美しさや切ない心理描写に引き込まれたけれど、
数年前に観たときにとくに印象に残ったのは、
アンとジャン・ルイが初めて一緒に食事をするシーン。
夫を不慮の事故で無くしたアンと妻に自殺された過去を持つジャン・ルイが、
それぞれの幼い子供を連れて同じテーブルに着く。
二人は表面上はさりげない会話を楽しみながら、次第に互いを意識していく。
相手の心を推し量りながらも抑えられない胸の高まりを感じる。
それを察知しつつ子供たちがそばにいることもあり日常の会話以上のことは話さない。
うしろめたさを抱えながら視線を絡める緊張感に、胸が小さく痛んだ。

それにしても10代の頃の憧憬を久々に感じた。
好きになるものはいつまでも変わることはない。
人は多くのものの中から好きなものを摘み取るのではない。
「好き」の芽を持って生まれて来るのだ思う。