Kバレエ・カンパニー『白鳥の湖』

Kバレエ・カンパニー白鳥の湖』 
11月3日の舞台を観ました。素晴らしい舞台でした。
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真に美しいものを伝えるのに言葉はいらない。現世の何もかもを忘れ、意識が、ただ愛の深まりのみに満たされた。夢みるような心地を味わうのはいったいどれくらいぶりだろうか。熊川版バレエ『白鳥の湖』は哀歓のときめきに溢れた舞台だった。ヨーロッパの伝統美を知り尽くしている熊川の美学を託されたヨランダ・ソナベンドによる舞台美術は、華麗ながら精密な奥行きがあり、それは象徴主義画家ギュスターヴ・モローの絵画を彷彿とさせ、煌びやかな幻想世界に瞬く間に惹き込まれた。
 
この日のジークフリード王子、宮尾俊太郎は、美しくも堂々とした風格を持つ。音楽をゆったりと捉えて踊る佇まいはエレガントで、一国の王子たるカリスマ性が滲む。オデット(オディール)、白石あゆ美は、気高くも深い情感を秘める白鳥の王女であった。第2幕の有名なマイムの場面、普通の演出ならば、オデットは白鳥たちを従えて、王子に身の上を語るのだが、熊川版では、王子とオデット、二人だけの世界となる。「この湖は涙でできています。真の愛のみがこの呪いを解くのです」。白石あゆ美の流れるようなマイム。か細い肢体から哀しみが溢れ出る。しかしながらそこには、王女としての、白鳥たちと運命を共にする覚悟があり、その誇り高い気品に胸を打たれた。白鳥たちの衣裳が印象的だ。従来のスカートの広がったクラシック・チュチュではなく、柔らかく裾のすぼまったロマンティック・チュチュをまとっており、象徴的な何かを感じさせるのだった。
 
第3幕、王子の成人を祝う大舞踏会。豪華絢爛な宮廷に息をのむ。チャルダッシュの紫、マズルカの青、衣裳の質感も美しく、高貴な色彩感覚と相まって、バレエの総合芸術としての贅に存分に浸る。
 
この舞台の白眉は第4幕にあった。あの余韻から未だ離れられず、その想いを強くする。静けさの中にドラマティックな愛が浮かび上がる。オデットの絶望、王子への赦し。そして悪魔に打ち勝つために二人は死という究極の選択をする。その深い愛の力に悪魔は倒れる。元の姿に戻ったオデットと王子は天国で抱きしめ合う。白鳥たちは愛で結ばれた二人に向かい、客席に背中を向け、両手を左右に伸ばして佇む。そこで私はあっと声を上げそうになった。その姿はまさにいくつもの十字架と化していた。ロマンティック・チュチュをまとっていた理由はここにあった。肉体は滅びても魂の愛は永遠に続く。舞台の幕が下りた後も、オデットと王子の愛はいつまでも変わることなく存在していくのだろうと信じて止まない自分がいた。幻想と現実が舞台によって結ばれたのだ。それは哀しくも幸せな記憶として、私の内にも残り続けていくだろう。

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11月3日(火) 14:00開演 Bunkamuraオーチャードホール
K−バレエカンパニー『白鳥の湖

オデット/オディール 白石あゆ美
ジークフリード    宮尾俊太郎
ロットバルト     杉野慧

芸術監督/演出・再振付  熊川哲也