グールドのピアノによる『フーガの技法』

ヘビロテで聴きまくっているグールドのピアノによる
バッハ『フーガの技法』の映像があった。
自分自身の感性への集中の極み。
傍からはどんなに狂気に見えようと
彼は深い静けさの内にいるのだろう。
哀しむでもなく悦ぶでもなく
ただそこから生まれる音楽に耳を澄まし解放しているのだろう。


https://www.youtube.com/watch?v=4uX-5HOx2Wc&feature=youtu.be

乙川優三郎『太陽は気を失う』

「よい喜劇には悲しみがたくさんいるのよ」

読み終わって残る切なさが、シビアでリアルなのがいい。
期待をやめたところから自分の人生が動き出す。
どんなに遅くとも。
それが自分だけのうれしい希望になる、と、乙川小説は示唆してくれる。
人生の終焉で、私は何を後悔するだろう?
改めて、そんなことを考えさせられる。

乙川の言葉はいつも、生きる上での鎮静剤にも覚せい剤にもなってくれる。

乙川優三郎 短編集『太陽は気を失う』(文春文庫) 

三澤勝弘 パセオフラメンコ ギターソロライヴVol.99

敬愛して止まないリカルドに教えを乞うため、長い時間を掛けて陸路で渡ったスペイン時代のことを、三澤さんは、曲の合間ごとに、記憶を愛おしむように、淡々と語ってくれた。饒舌、というのでもなく、苦しいはずの想い出も、胸に浮かんで来ることがうれしい、そんな感じが伝わってきた。

「(リカルドに教わったのは)30回以上、50回未満、くらいでしょうか。それ以上はもうお金も無かったしね」
「当時は録音も無かったから、あったとしてもさせてもらえなかったでしょうしね、帰り道の石畳の上をね、転ばないようにそおっと歩いた。転んじゃうと忘れそうでね(笑)」
 
師の教えが、直に、三澤さんの心身に深く刻みつけられているのが分かる。それを大切に大切に音に紡いで来られた。

現代の、デジタルにすべて変換してしまったデータに頼り切っている私たちの体験の、何と脆弱なことだろう。

「夏は暑くてね、(住んでいた)最上階は、窓を開けると40度を越える熱風が吹き込んで来るんです。よく持ったな・・・」
手に持っているギターを見つめ、古くからの戦友に話し掛けるようにそう言って、目を細めた。
 
音楽と、経験と、言葉と。
時を重ね、それらは同じくらいの質量で、どれも偏ることの無い大切さで、いまはもう何の境目もなく、熟成し、三澤勝弘さんその人の愛すべき人格を練り上げていた。

人の時の濃密な奥行きを感じさせるものこそがフラメンコなんだ、と、そう気付かせてくれた、厳しさと優しさとウイットが沁みる一夜のライヴだった。

パセオフラメンコライヴvol.98
三澤勝弘(フラメンコギター)
2018年9月13日(木)
高円寺エスペランサ

杏梨 ピアノフラメンコ パセオソロライヴVol.96

杏梨さんのフラメンコピアノ・ソロライヴ。
ロゼに近いワインカラーのドレスをまとい、毅然とした柔らかな微笑みであらわれた。ホルタ―ネックが華奢な肩に似合う。
一曲目のタンゴの色っぽさにやられた。少し緊張した面持ちの、透明で硬質なつやを持つ雰囲気とは裏腹の“熱さ”を感じさせる、そのギャップに惹かれる。

スペイン留学で直に学んだドランテスのモダンフラメンコや古い形式のものを弾きつつ、フラメンコを知らない観客にていねいに由来を説明していく、その優しさもまた彼女らしさだ。

2年前、スクリャービンを主に専攻したと語っていた杏梨さんの感性が、今夜のフラメンコに結びついた。ラフマニノフと同年のスクリャービンは、ラフマニノフのロマンチシズムよりもエロティックであり、さざ波のような音色のうねりは黒くて神秘的だ。そんな音楽を好む杏梨さんがフラメンコに来たのは必然だったといえる。

すべてをなげうってフラメンコに臨んだひたむきさ、そして、身体に叩き込んだフラメンコを途上にあるままをさらけ出す、そのまっすぐ過ぎるほどまっすぐな潔さに、私は少し泣きそうになった。彼女が秘めている漆黒の艶がごく自然に流れ出るようになったとき初めて、杏梨さんにしか為し得ない粋なフラメンコが立ち現れるだろう。

エスペランサのカウンターで「ピアノフラメンコで歌ってみたい」という声がして、ああそれは素敵なシーンだなとふと想像した。

「今夜がスタートです」と最後に語った杏梨さんの向かう先に、フラメンコの新しい地平線を予感した。

パセオフラメンコライヴVol.96
杏梨 ピアノソロライヴ
2018年7月26日(木)
高円寺エスペランサ
杏梨(ピアノ)
容昌(パーカッション)
松島かすみ(パルマ
小松美保パルマ

大沼由紀 パセオフラメンコソロライヴVol.91

「グルーヴと確信」!
つい最近、ガルロチで視たマエストロ・カナーレスに爆発的に漲っていたものが、大沼由紀さんにもがっつり宿っていた。

小手先とか技術とか美とか、そういったものはもう求めてはいない。自らが掴んだ自分にしか見えないものだけを求めていた、あの目。
ごくシンプルなのに獰猛な気配を感じさせ、それでいてコンパスは的確に繰り出され、音楽を巻き込みながら創り上げて行く。いやがおうにも内臓の底からドクドクと昂揚していく。大沼さんがかつて体現していたジャズと舞踏の底深い昏さの何と魅惑的なことか。

アレグリアスなのに狂気に近い怖さを感じる。予測のつかないスリル。けれど大沼さん自身は澄んだ目でまっすぐに掴むべきものを捉えていたはずだ。私たちには視えなくとも、そこに「確信」が予感できるゆえに、私たちは引き込まれていく。
何を目指したらいいのか、大沼さんが迷走しながらも挑戦を繰り返していた時期があった。そこを諦めずに抜けた者しか持ち得ないひとつの到達の強さと眩しさがあった。

パセオフラメンコライヴVol.91
大沼由紀 ソロライヴ
2018年6月14日(木)
高円寺エスペランサ
大沼由紀(バイレ)
クーロ・デ・ラ・チクエラ(カンテ)
西容子(カンテ)
山内裕之(ギター)
伊集院史朗(パルマ

浅草橋スペインバル『ラ・バリーカ』リニューアル・オープン

本格スペイン・バルとして定評のある「ラ・バリーカ」が、美味しさはそのままに、タブラオとして生まれ変わりました。 

そのこけら落としライヴが、5月27日、開催されました。バイレに屋良有子さん、佐藤哲平さん、タマラさん、加藤明日香さん、ギターに栗原武啓さん、カンテに瀧本正信さん、クーロ・ヴァルデペーニャさん、ヴァイオリンに三木重人さんという豪華な顔ぶれが揃い、熱く盛り上がりました。

これまでもレストラン・スペースを利用してライヴは行われていましたが、もっとフラメンコを楽しむ場にしたいという願いから改装に踏み切り、ステージを常設しました。そして照明、音響にもこだわった、クラシックな雰囲気の親しみやすいタブラオ空間が実現。地下で行われるライヴの様子は、1階のモニターにも映し出され、食事しながらリアルタイムでショーを楽しめるようになっています。また歩道にもモニター画面が向けられ、道行く人たちにもフラメンコショーに気付いてもらえる仕掛けになっていて、フラメンコを広めたい!という想いが伝わります。
 
「ラ・バリーカ」管理人さんが、会場の笑いを取りながらも、熱い挨拶をされました。
「フラメンコにはまる人って、フラメンコ1本で頑張る人、人生の大半の時間を費やし、お金を費やし、それでもフラメンコをもっと上手になりたい、と、すごく頑張っている方ばかりで、そこに惹かれています。そういった中で、私も何かフラメンコに協力できないだろうか、という想いで、この『ラ・バリーカ』に新しいステージを作りました。
どういうタブラオにしていきたいかをいつも皆と考えていますが、ひとつのキーワードとして「踊り手にやさしいタブラオ」にしよう、と。ライヴを主催する立場の踊り手さんは、集客のみならず、会場を取らなきゃならない、カンテやギターの方たちのギャラも考えなくてはならない、と、すごく大変。そんな踊り手の方たちに喜んでもらえるような場を創りたいのです。
それからもうひとつ、これまでタブラオは、中央線沿線や高田馬場など西側には多いけれど、東側には少なかったので、ここ『ラ・バリーカ』が“東の拠点”となって、フラメンコ界を広げ、支えていきたい。どうか新生ラ・バリーカをよろしくお願いします」

コーディネーターの深沢美生さんは「私が踊り始めた頃は、研究生が発表する場が無かったので、若い人たちに場をどんどん提供していきたい。そして若手もの方もプロの方も、垣根無く、みんなでいろんなことをやっていきたいのです。踊りだけではなく、音楽や文化も、ここから“スペイン”がもっと広まればいいですね」と笑顔で語られました。

今後もライヴを増やしていく予定なので、気軽にお問合せを。
“東”からフラメンコの新しい風が吹いて来たことを感じます。

JR浅草橋駅東口徒歩2分
定休日:無し
電話03−5809−1699

川島桂子 パセオフラメンコカンテソロライヴVol.90

つくり込んだものがない、余計なものが何もない、というのはこんなにも快い。
川島桂子さんのカンテとエンリケ坂井さんのギター、
それぞれに熟成されたものが高純度でブレンドされ、
とろりと流れるように響いてくるフラメンコは薫り高く、品格があった。
それはとても深いのにまったく重くなく身体に沁み透ってきた。

来日中の78歳になるペリーコ氏の姿もあった。
フラメンコのレジェンドが見守る、暖かく、
そして心地よく引き締まった超満席の空間で、
古き良き時代のフラメンコはまさしく源泉のごとく瑞々しく生きていた。
これがフラメンコの生命力なんだ。

川島さんがまだ初心者で、曲種もわからなかった頃、
『ペリーコのアンソロジー』を何度も聴いたという。
そして川島さんはこの夜、その大切にしている曲集から「マリアーナ」を歌った。
いつまでも揺られていたい柔らかな独特のメロディが耳に残る。
エンリケさんは、ギターソロをペリーコ氏に捧げた。
舞台上のお二人にとっても、特別な夜だった。

川島さんの湿度を帯びた艶やかな美声は、
より伸びやかさを増していて、何か肝の据わった開き直りを感じさせた。
それは、葛藤を抱えながら迷いながら、ただ続けていけばいい、
いつか必ずわかる時が来るから、と力づけてくれる声。


懐かしさと新鮮さ、熟成から生まれる新たな始まり。
ひとつのエポックとなる灯火を感じた。
作家で深いアフィシオナードの鳴神響一さんもいらしていた。
濃厚なフラメンコの印象深い一夜だった。

パセオフラメンコライヴVol.90
川島桂子 カンテソロライヴ
2018年5月24日
高円寺エスペランサ
川島桂子(カンテ)
エンリケ坂井(ギター)