第6回 逢坂剛 カディスの赤い星 ギターコンサート

第6回 逢坂剛 カディスの赤い星 ギターコンサート
5月18日(日) 草月ホール
【ギター】 沖仁/グリーシャ/逢坂剛

「煌めく星の融合」

 初めて会うという感じがしない、と沖仁は言った。

 ギタリスト同士で共演すると一瞬で相手の歩んで来たギター人生が分かるという。そしてグリーシャには、外国人としてフラメンコをやる者同士のシンパシーを感じたと笑顔で語った。

 沖仁とそのような高いレベルでの絆で結ばれたアメリカ在住、ロシア出身の気鋭のギタリスト、グリーシャの鮮烈な日本デビューに立ち会えたことは、なんと幸運だったことか。冒頭で逢坂剛に促され、名刺代わりにリムスキー・コルサコフ『熊蜂の飛行』のヴィルトゥオーゾ的パッセージを超高速でさらりと弾き切る。逢坂はその誇り高いテクニックの凄さに感嘆しつつ冗談を交えて、芸術で生きていく人間は口に出さずとも自分が一番と思わなければやっていけないものでしょうね、と投げ掛けると、グリーシャは少しはにかんだ表情で、そういう思いはありませんが、好きという気持ちがあることでずっとやっていけると思っています、と控えめにきっぱりと答えた。その慎み深さの奥にある芯の強さが人を引き付ける不思議な魅力となっていた。そしてその言葉通り、フラメンコへの愛情と敬意に満ちた演奏で一曲終えるごとに聴く者の心をしっかりと捉えていく。アルベニスの名曲『グラナダ』では、繊細な音が天上からふわりと降ってきて、柔らかく全身が包まれるような恍惚を覚え、それは新鮮な驚きだった。フィッシャー・ディースカウのソフトで端正なバリトンが聴こえてきたような気がした。超絶技巧を持ちながらもそれを前面に出さず、自分を主張することなく、曲の世界に自らを素直に委ね、銘器の持つ美音をあますところなく引き出し歌わせていく。そうしたアプローチに彼の音楽家としての器の大きさを感じる。また随所で聴かせる音の厚み、音の粒の煌めくような立ち上がり、流麗なクレシェンドに正統派ロシアのピアニズムが滲む。クラシックギタリストの父親の影響で6歳からギターを始めたという彼は幼少の頃からセゴビアジョン・ウィリアムズに憧れ、そしてパコ・デ・ルシアに行き着く。素晴らしい音楽との出会いを重ね、謙虚に畏れを知る者ののびしろは計り知れない。そんな頼もしい末恐ろしさをグリーシャは秘めているように思う。

 一方、沖仁は、近年他ジャンルのとコラボレーションを重ね、フラメンコの可能性に挑戦して来たことで、さらなる進化を見せ、自由度が高く昂揚感のあるフラメンコを聴かせた。ことに、最近生まれたばかりの幼子への想いが込められた『エスペランド』は円熟した境地の子守歌さながらであり、静謐な音の余韻の中に永遠の愛を満たしていた。

 そんな沖仁とグリーシャとのデュオはスリリングな対話そのもの。気迫の真っ向勝負は火花が散るというよりもクリアな閃光の放射であり、異質な流れを汲むフラメンコの壮大な融合となっていた。超絶技巧だけではなく、心のひだの深さを競うようなセッションに胸が熱くなる。2月に突如この世を去ってしまったパコ・デ・ルシアへの追悼も込められ、ラストのデュオによる『二筋の川』は人々の脳裏にそれぞれのパコを蘇らせ、魂を震わせた。スペイン、日本、ロシアと、まさにフラメンコギターの煌めく星が時空を超えて揃った一期一会のプレミアムナイトとなった。