『硝子戸の中』再読

硝子戸の中 (新潮文庫)

硝子戸の中 (新潮文庫)

(引用)
 公平な「時」は大事な宝物を彼女の手から奪う代りに、その傷口も次第に療治してくれるのである。烈しい生の歓喜を夢のように暈してしまうと同時に、今の歓喜に伴う生々しい苦痛も取り除ける手段を怠らないのである。
夏目漱石硝子戸の中新潮文庫25ページより)

 
 今読み返してみると、
 何年か前に読んだときとは比べものにならないくらい、
 文章のひとつひとつに気持ちを掴まれてしまう。
 そのたびに立ち止まっては、
 自分自身の記憶を手繰り寄せ、
 照らしあわずにはいられない。
 まったく、以前は何を読んでいたのだろうかと呆れる。
 その一方でやはり自分自身に変化があったからなのだろうとも思う。
 自らの体験の中から普遍を抽出し得る、漱石の思考と観察の深さ。
 淡々と綴られる品格のある文体の中に自身の葛藤が滲む。
 そういうものが少しずつ見えてくる、
 そんな年齢となったことを自覚する。
 物事の上っ面しか捉えられない軽率な私は、
 吹き飛ばされそうになりながらも、
 今も昔も人間の本質は変わらないのだから、
 刹那的な感情に捉われて一喜一憂するのはよそうと、
 力づけてもらっているような心地になる。