工藤朋子in アトリエ乾電池

工藤朋子さんフラメンコライブ in アトリエ乾電池(昼の部)に行ってきた。

会場は、下北沢の「アトリエ乾電池」。俳優の柄本明さん主宰、劇団東京乾電池のスタジオ。
今年の3月、日生劇場で上演された、山田洋次監督、今井翼主演の音楽劇『マリウス』に、工藤さんが「ジプシーの女」役で出演したことがきっかけで実現したライヴだ。
下北沢から少し歩いた閑静な住宅街。シックなコンクリートのマンションの地下に「アトリエ乾電池」はあった。開場時間よりも早めに着いたらすでに並んでいて、演劇やフラメンコ関係の人に加え、地元の人も多いようだった。後ろに並ばれた女性はフラメンコを初めて観る方だった。「すごくいいよ、って柄本さんに声を掛けられて」と本当に楽しみにしている笑顔で話してくれた。柄本明さんご自身もアトリエから出て来られて行列に並び、そばにいる人たちと気さくに言葉を交わしていた。じわじわ来るような存在感を滲ませつつも、穏やかその場に溶け込んでいた。アートとさりげなく共存する感性の高い街だ。

人々の渇きを癒すために湧き続ける泉の水のような優しさ。そして真の優しさとは強く在ること。
水はどこまでも透明で、どんなに形を変えようと水であることに変わりはなく、人々にとってなくてはならないもの。工藤朋子さんのフラメンコに、私はいつもそういったものを見てしまう。観る者の想いの中にどこまでも浸透し、まるごと包み込んでくれるような懐を感じる。それは彼女の愛情の深さに他ならない。
そして聖母のような清らかさに、さらにたくましさが加わり、深化し続けていることを感じた。

共演者たちも愛に満ちていた。佐藤浩希さんと末木三四郎さんは、パルマとバックのカンテに徹していた。カンテの奥本めぐみさんはまさしくプロフェッショナルの歌を捧げていた。どこまでも伸びる艶やかな声、自由自在に流れを創る音程、豊かな声量がダイレクトに胸を打つ。彼女の意識は舞台上に留まらず、その視線は遠くを見つめ、スケールの大きい世界を感じさせる。中里眞央さんの良く通る声は舞台に美しいアクセントをもたらしていた。斎藤誠さんのギターには誠実さに色気が備わり、舞台を濃厚に彩っていた。アルテイソレラ・ファミリーの誰もが自身の持つ最善のものをそこに与えようとしていた。

「我」を出すのではなく、自分自身を尽くすことで、その人自身の居場所が生まれ、信頼が築かれ、それが自然とその人なりの美しい個性になっていくのだということを改めて感じた舞台。その中心に工藤朋子さんが居た。

真の愛情の循環は、決して閉鎖的なものとはならない。それは喜びそのものであり、その快さが観客を巻き込んでいく。松竹の舞台、そして演劇のスタジオ、心身の美貌を兼ね備える工藤朋子さんの稀有な存在が不思議な縁をつなぎ、より広い層へ、そしてより深い層へと、フラメンコを浸透させていく。
約60分という凝縮された舞台構成も良かった。7曲の演目の中の4曲、マルティネーテ、カンティーニャス、ファンダンゴ・ポル・ソレア、カバーレスを工藤さんは踊り、そのすべての衣裳を変えて、短くもひとつひとつのヌメロの世界を際立させていた。初めてフラメンコに接する観客にも心遣いを行き届かせているのを感じた。
演劇のアトリエにおいて、アウェイ感をまったく感じさせない、歓びに満ちたフラメンコだった。

プログラム最後、純白の衣裳を纏い、素の底力を感じさせてカバーレスを踊る工藤朋子さんを見ながら、この人がギリシャ悲劇の「メディア」を踊ったらどうなるだろう、とふと思った。

7/8 工藤朋子フラメンコライブ in アトリエ乾電池(下北沢)

プログラム
1. マルティネーテ
2. マラゲーニャ
3. カンティーニャス
4. ソロ・デ・ギターラ
5. ファンダンゴ・ポル・ソレア
6. グアヒーラ
7. カバーレス

踊り:工藤朋子
カンテ:奥本めぐみ、中里眞央
ギター:斎藤誠
パルマ佐藤浩希、末木三四郎