フィッシャー=ディースカウの命日

今日5月18日は、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの命日。
そして同じ5月の27日は、この名歌手と親交のあった
吉田秀和さんの命日であることも想い出す。
2012年から6年。
良い機会、と、吉田秀和さん著書の言葉を改めて眺める。
ラインを引き、繰り返し読んだ言葉。

「すべての審美感は、本来、一定の個性を持った体験の蓄積の結果でなければならない。その審美感は、もちろん、体験が殖え、深まることによって、変化はするだろうし、変わるのが当然である。しかし、それには、すでに何かの土台がなければ、変わりようもないし、深まりようもない。その土台を、個人なり、その個人の属する集団の審美感の伝統と名づけるならば、そういう意味で、芸術の判断は、すべて特殊的でなければならない。」
(『ソロモンの歌 一本の木』 から引用)

自分の言葉を発していい、と力づけられて来た。
そして、それを発するためには? 
ここが大事と、自分に言い聞かせる。

https://www.youtube.com/watch?v=dKdiPutcGM4

https://www.youtube.com/watch?v=yCAPqO8U73U