『Ay曽根崎心中』

『Ay曽根崎心中』を観て来ました。今日(12/18)は、工藤朋子さんのお初と、三四郎さんの徳兵衛。この日が工藤さん、三四郎さんの回の最終日でした。
先日13日には、鍵田真由美さんと佐藤浩希さんの回も観ました。
何よりもまず、「おめでとうございます」とお伝えしたい。
1703年初演の近松門左衛門浄瑠璃が、300年の時を経た現代に蘇り『フラメンコ曽根崎心中』となって再演を重ね、そして今回『Ay曽根崎心中』として生まれ変わり、それがまた未来へと受け継がれていく瞬間に立ち会えたのだから。

タイトルを「Ay」としたのは、「フラメンコ」という枠を取り払い、もっと多くの人々に広く近松の描く“愛”を伝えたかったから。それを象徴する歌声、Ray Yamadaさんの歌声は透明な美しさで、言葉もクリア、お初の心が沁み渡ってきます。三浦祐太朗さんのウエットな若い声は徳兵衛の人間味となって共感を呼び、若旦那さんの声も九平次らしいピカレスクの魅力を響かせました。矢野吉峰さんと若旦那さんによる九平次からは、単に「悪」だけではなく、愛の欠乏ゆえの虚しさの反動という哀しみすら伝わって来ました。

工藤さん、三四郎さんは、新生「曽根崎」にふさわしいデビューを飾りました。朴訥で正直な徳兵衛と、はかないほどにピュアなお初の愛はまっすぐで、若さゆえにリアルで生々しく、その痛みに引き込まれました。工藤さんの可憐な美しさは、「未練の心」を捨て去った瞬間から、情愛を知る妖艶さを深めて鬼気迫るものとなっていきます。そして三四郎さんの、彼らしくありつつこれまで観たことの無いほど一途な眼差し。最愛の人だからこそ、覚悟と裏腹に、刺し殺すことへの躊躇と逡巡。それを受け止めて導いていく工藤さんの深い優しさ。死によって結ばれる愛に突っ走っていく生々しい情念の道行から目が離せませんでした。白い打掛を剥ぎ取った真紅の襦袢の艶やかさが、二人の情愛の深さを象徴していました。

そして、鍵田真由美さんのお初と佐藤浩希さんの徳兵衛は、個人の感情を越えた、万人の愛を昇華させるための神聖な奉納の舞の高みに達していました。以前、浩希さんが語っていた「未来成仏 色疑ひなき恋の手本となりにけり」という原文の世界観、「心中という儀式こそがふたりの肯定的な愛の表現」ということを見事に象徴していました。白装束で死に向かう鍵田さんの、情念を秘めながらも日本人形のような抑えた微笑みは、あたかも浄瑠璃の人形のごとく、観る人々すべての愛する人への想いをそこに投影できる神々しさがありました。

カーテンコールでは宇崎竜童さんが、この舞台のテーマともいえる名曲『道行華』をギター1本で歌いました。それはまるで最愛の妻阿木燿子さんへの遺言状のようであり、その気迫に打たれました。

鍵田さんと浩希さん、工藤さんと三四郎さん、阿木さんと宇崎さん、津軽三味線の木乃下真市さんと松橋礼香さんもご夫婦とのこと。『曽根崎心中』は、演じる人々、観る人々それぞれが心に持つ愛の想いを昇華してくれる物語なのかも知れない。それに気付かせてくれるからこそ、長く求められていく舞台になり得たのだと感じます。『Ay曽根崎心中』の成長をこれからも見続けたいと心から願います。